福岡高等裁判所 昭和38年(ラ)190号 決定 1963年12月06日
抗告人 峯直吉
相手方 株式会社丸菱商会
主文
昭和三八年一〇月二八日付の原判決を取消す。
本件を長崎地方裁判所福江支部に差戻す。
理由
一 抗告人は主文第一項同旨の決定を求め、昭和三七年九月八日抗告人と訴外債務者片山伝次郎との間に、福江簡易裁判所において裁判上の和解が成立したので、抗告人は競売の申立を取下げたのであるが、片山伝次郎は、和解条項を当初から履行しなかつた。債権者である抗告人は、債権と納付すべき競落代金との相殺を主張し、これが許されたばかりでなく、抵当債権金一三〇万円以外にも、片山伝次郎に対し本件競売の目的である船舶にかかる相当額の債権を有しているので、主文第一項の決定はその理由が明らかでないから、これが取消しを求めると主張する。
二 当裁判所の判断
(一) 記録によると、つぎの事実が認められる。
抗告人峯直吉は本件競落船舶である汽船第一長丸の所有者片山伝次郎に対し、同船舶を抵当にとつて、昭和三二年一二月一〇日金一三〇万円を貸付け、これを昭和三二年二月より同年六月まで五回にわたり毎月金二六万円宛をその月の二五日に分割支払うこと、利息は日歩三銭と定め右の元金と同時に支払うこと元利金の支払いを一回でも怠つたときは期限の利益を失うものとし、遅延損害金を日歩五銭と定めた上、その旨同船舶上に第一順位の抵当権設定登記を経たこと、相手方は右片山伝次郎に対し同船舶を抵当にとり、昭和三三年一月二五日金七〇四、二〇〇円を、内金二〇万円は同年二月二八日、内金二一七、一〇〇円は同年三月末日、残金二八七、一〇〇円は同年四月二五日を各弁済期と定めて貸与し、その旨同船舶上に第二順位の抵当権設定登記を経由したのであるが、相手方の右抵当権に基づく同船舶の競売申立てにより競売手続が進められ、原裁判所は昭和三八年三月二二日抗告人に対し競売代金二、四〇一、〇〇〇円をもつて、右船舶の競落を許す決定を言渡し、同決定は確定するにいたつたので、原裁判所は昭和三八年四月二三日午前一〇時を代金納付期日と定めて、競落人たる抗告人に通知したので、抗告人は納付すべき競落代金と自己が第一順位の抵当権者として交付を受くべき金額の相殺を申立てる旨の計算書を提出したのであるが、原裁判所は相殺額が過当であると認めて、同年六月六日決定をもつて、抗告人に対し、同年六月二〇日午前一〇時までに競落代金として金三八六、四〇〇円の納付を命じたので抗告人はこれを納付したこと、一方原裁判所は代金交付期日を同年七月二九日と指定し、利害関係人にその旨通知したところ、相手方よりつぎのとおり異議を申立てた、すなわち抗告人と片山伝次郎は福江簡易裁判所において昭和三七年九月一一日裁判上の和解をなし、第一順位の抵当債権元利金を金一〇〇万円に打切り、内五四万円の弁済を受け、現存残債権は金四六万円に過ぎないので、抗告人の納付すべき代金は、原裁判所が命じた額よりも多額であるべきであり、抗告人の競落代金差引計算の申立も不当である。もし正当な競落代金の納付があれば、相手方は競落代金中より第二順位抵当権者として代金の交付を受け得る利益を有するとして、執行の方法に関する異議を申立てたのであるが、これに対し原裁判所は、右のごとき場合は訴を提起して第一順位抵当権者の債権額の範囲を確定すべきで、執行の方法に関する異議によるべきでないとして、この申立を却下したため、相手方はこの却下決定に対し即時抗告を申立てた結果、原裁判所はいわゆる再度の考案に基づき、「当裁判所が本件につき、さきになした異議申立を却下した決定はこれを取消す。
当裁判所が昭和三五年(ケ)第一三号船舶競売事件につき、競落人峯直吉に対し、昭和三八年六月六日付をもつて競落代金の不足金三八六、四〇〇円の納付を命じた決定はこれを取消す。前記競落人峯直吉は、前記競売事件について、すでに納付ずみの競買保証金及び前示金三八六、四〇〇円の外、尚不足する競落代金一、七七四、五〇〇円を、昭和三八年一一月一二日までに納付することを命ずる。」旨の決定をしたこと、この決定に対し抗告人より即時抗告を申立てたことの一連の経過的事実が認められる。
(二) 競売法による船舶の競売手続においても、民訴第六九九条の規定が準用されるものと解すべきであるから、競落人が代金の交付を受くべき債権者であるときは、債権に対する交付額が競落代金の額に満つる限り、競落代金として計算し、差額の納付すべきものある場合は、その差額を裁判所の定める競落代金納付期日までに納付すればよいのであるが、利害関係人において競落人の納付すべき代金額が過少であること、従つて反面競落人の受くべき交付額(債権額)につき適当な異議がある場合は必ずしも異議者を相手方として債権確定の訴を提起するの要はなく、競落人は異議に相当する額については、一応代金を支払うかまたは保証を立てて競落人たるの権利を保全すべきであるが、異議に相当する額を超過してまで代金を支払う義務はなくまた、異議自体よりして理由のないことが認められる場合は結局理由のない異議を申立てたに帰するのであるから、異議を無視してことを処理すべきである。ところで相手方が原裁判所に提出した和解調書写(以下甲第一号証と書く)の原本が存在し、また、抗告人から相手方商会代表者あての封書(以下甲第二号証の一、二)が真正に成立したものであるとすれば、抗告人の第一順位抵当権によつて担保される債権は、相手方異議のとおり残元金四六万円と、その外に内金二〇五、〇〇〇円に対する昭和三七年九月一二日以降、内金二五五、〇〇〇円に対する昭和三七年一二月一日以降各代金交付期日まで年五分(商事債権であれば年六分)の割合による金員(ただし二年分を超えてはならない。)であるから、かりにこの元利金の額をAとすれば、競落人である抗告人が、改めて裁判所に納付すべき金額は、競落代金二、四〇一、〇〇〇円から、すでに納付ずみの競売保証金二四〇、一〇〇円及び原裁判所の納付命令によつて抗告人が納付した競売の代金三八六、四〇〇円を控除した金一、七七四、五〇〇円から、抗告人が交付を受くべき右Aを差引いた残額(以下これをBと書く)であることは明白である。原決定は甲第一号証、第二号証の一、二によつて、抗告人の片山伝次郎に対する抵当債権元本は金四六万円であることの疎明があるとしているが、競売法による船舶の競売事件の異議、抗告においては、文書の真正に成立したこと及び事実の認定は、証明(いわゆる簡易な証明)によるべく、疎明をもつては足らないのである。したがつて、甲第一号証の原本の存在が証明されるかぎり、その成立は推定され、また甲第二号証の一、二は方式及び趣旨により容易く証明されるであろうから、結局甲第一号証、第二号証の一、二によつて、抗告人が交付を受くべき金額Aは容易く算出されるのであるが、代金交付期日の指定がないかぎりその額は不明であるから、当裁判所においてこれを算出確定することはできない。(付言すれば、民訴第六九九条の準用によつて競落代金を差引き納付する場合は、裁判所が代金納付期日と交付期日を異にして指定するのは相当でない。)
(三) 以上の説示によつて明らかなように、かりに甲第一号証、第二号証の一、二が真正に成立したものとしても抗告人は金一、七七四、五〇〇円からAを差引いたBを、裁判所の指定する代金納付期日までに納付すれば、本件競落船舶の所有権を取得しうべく、相手方の異議はAを元金四六万円として、これに対する前示遅延損害金を算入していない点において一部理由がなく原裁判所がAを全然考慮に入れずに、金一、七七四、五〇〇円の納付を命じたのは不当である。(執行裁判所としては決定をもつてかかる納付を命ずる必要はなく、代金納付期日までに抗告人がBを納付しない場合は、民訴第六八八条の規定を準用し再競売を命ずれば足るのである。)
ことに前示甲第一号証、第二号証の一、二が真正に成立したものであるか否かは別個の問題として、相手方は少くとも抗告人が金四六万円の元本債権を有することを認めて、同金額を超過する債権額が存在しないと主張して、いわゆる執行の方法に関する異議を申立てているのであつて、この異議は要するに民訴第六九九条の異議に外ならないのであるから、右の金四六万円の債権の存在を無視した原決定は、同条の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。
(四) よつて民訴第四一四条第三八六条第三八九条に従い主文のとおり決定する。
(裁判官 池畑祐治 秦亘 佐藤秀)